ちびちびコンビひらひらと薄い布があちこちに装飾された服が広々とした店の中いっぱいに飾られている。陳列された服たちはまるで通路の壁のようだ。赤や黄色、白とさまざまな色が取り留めも無く並んでいて目に痛い。彼女はその中からひとつ、桃色の派手な服を取り出してこちらを振り向いた。 「かわいいーっ!ねえ、どうこれ?私に似合ってるかしら?」 背中についた大きなリボンやら、袖口や裾に何重にも重ねられたレースが今にもシャカシャカと音を立てそうなドレスだ。誰が着こなせるんだと引いてしまうほど派手なのに、彼女の華やかな顔の下にそれがあてがわれると違和感がなくなるから不思議だ。 「似合ってると思いますよ。」 「それで、その服にはどんな効果があるんですか?」と聞こうとしてやめた。注意深く観察しても、魔力の片鱗も感じられない。プリンセスたちは重い鎧を着込む代わりに、防御力や魔法抵抗の上がる魔力が織り込まれたドレスを着るはずなのに。 よくよく見てみればこの店の中にはどこにも魔力を感じられる物がない。ということは、ここでの買い物も、旅とはまったく関係のない、彼女の個人的な物を買っているだけに過ぎないようだ。「買い物に付き合ってよ」と、プリンセスに頼まれた時は、てっきり次の旅に必要な食料やポーションの買い出しだと思ったので引き受けたのに。少しだけ、困惑している。彼女はおおよそ旅と関係があるとは思えない物ばかり買っていく。プライベートなら、なんで彼女は僕を連れてきたのだろう。 「光奏師ー!こっち来てー!」 店員と奥へ行っていた彼女が、服の壁の向こう側から手を振っていた。奥へ行ってみると、足元まで写す大きな鏡の前で彼女が手招きしている。ここに座って、と鏡の前に置かれた椅子に座らされた。 「それでは失礼しまーす。」 「えっ、何するんですか?」 背後に立った彼女は、僕の髪を指で梳いてきた。 「君に似合いそうなもの見つけたから、ちょっと試させて。」 「いいですけど、変なことしないでくださいよ?」 耳の上から頭頂にかけて、前髪と後ろ髪の間に分け目を作っていく。細い指先が頭皮を撫でる感触がくすぐったい。分け目ができると、彼女はクシを使って後ろ髪の上半分の毛を一つにまとめ始めた。 「今日は買い物に付き合ってくれてありがとね。」 「いえ。」 「君と遊びに行ったって話したら、みんなに羨ましがられちゃうなあ。」 「どういう意味ですか?」 「みんなからのお誘い、君、ぜーんぶ断ってるそうじゃない。今日も遊びに行くって誘ったら断られちゃうだろうから、わざと誤解させるような言い方しちゃった。」 ふふっ、とにこやかに鏡の中の少女が笑みを浮かべた。笑顔なのになぜだか責められているような気分になった。言い訳がしたくなって口を開いたちょうどそのとき、まとめられた髪を後ろにぐいっと引っ張られて、小さな痛みのせいで出るはずだった言葉が消えた。 「お互いのこと信頼するのに、相手のことよく知らなきゃいけないから。こういう風に遊びに行くのも大切なことだよ。」 ちらりと見えた髪留めは、シルバーと黒の配色のシックな模様だった。しっかりと髪留めを括り付け終えて、残した下半分の後ろ髪に櫛を通していく。 「みんな君のこと知りたがってるんだから、君はもっとみんなと遊んであげなさい。」 彼女の言ってることに一理あるというのは分かっていたけど、認めてしまうのは悔しいと思った。考えが足りなかったと、自分の至らなさを認めるのには、なんとなく反発したい気持ちがむくむくと湧き上がってくる。鏡にうつったオッドアイの子供は眉間に皺を作って、不満そうな顔をしていた。 加入したばかりでまだまだ馴染めてないころの光奏師。 世話焼きのプリンセスと甘えベタな光奏師、姉と弟みたいだとイイですねえ。 ぼくも男です「なんでかなあ、みんな優しいのに。うまく返答してあげられないのよ。」 「そうですか。うまく返答するって、難しく考えすぎなんじゃないですか。」 「あー、そうよ。私は難しく考えすぎなの。わかってるのに!」 「目の前にすると駄目なんですよね?」 「そう!剣士も、WIZも、シーフも、BISさんですら、男は駄目なのよ!」 「そうですか。」 ”駄目”の対象に僕が入ってないのはなぜですか? 霊術師さんは自分の立てた膝にぐりぐりと額を押し当てている。 あーでもない、こーでもない、と彼女の自責の念が小さな声で聞こえてくる。 彼女がこちらを見ていないことを良いことに、ふうと音を立てずに溜息をついた。 毅然とした態度を決して崩さない、凛とした美しい女性。 本当はこんなしょうも無いことで悩んでるのに、周りには彼女はそう見えてる。 彼女のこんなグダグダな内面を知る人は、僕以外に居ない。 このまま何も声をかけずに放っておけば、彼女がいつまでもグダグダしていることも知っている。あー、もう。何か話しかけないと。 「なんで僕に相談するんですか?」 「うーん…。…うーん?なんでって言われても。」 彼女が埋めていた膝から僅かに顔を上げた。膝の向こう側に、海のように深い青の瞳が少しだけ覗いている。瞳1つとってみても彼女はこんなに美しい。そんな綺麗の彼女の口から悪意なくこんな言葉が飛び出してくる。 「君が子供だからかな?」 それってつまり、僕を男として見てないってことですよね。決定打を食らわされて、おもわずカチンときた。 「なめないでくださいよ。」と言って、彼女の両肩を掴んだ。驚いた彼女が顔を上げる。細いその顎を捕えて、きれいなその唇に自分のそれを重ねた。 …なんてことをするのは簡単で、鈍い彼女にも僕の気持ちを知ってもらえるだろうけど、絶対にそんなことはしない。「君が子供だからかな?」と微笑んで言った彼女に僕も微笑み返すだけ。 「なんですかそれ。まあ、あなたがいいなら僕はいつでも相談にのりますよ。」 あなたが僕に相談するたびに、僕のプライドはズタズタなんです。あなたは僕に内面を惜しげも無くさらしているけれど、あなたは僕のこんな感情ひとつ知らないんです。 悔しいけど、今はあなたを独占できてるこの状況だけで満足してます。 これからも何も教えないまま、僕しかしらないその表情を見せてください。 ちいさくても男なのです。自尊心は強い光奏師。 初雪「そろそろ今年の冒険も終わりだね。」 「えっ、どうして?」 「ほら、これを見てごらん。」 彼は読んでいた新聞を私に見やすいようにテーブルの上に広げてくれた。 規則正しく並んだ文字の中で、他の文字よりひと際大きな一文を彼は指さしている。 今年初の”ゆき”?解らない単語がひとつあったけれど、見出しはなんとか読めた。 けれど、その下の長い文章たちは読める気がしない。まだまだ読み書きは苦手なんだよねえ。 「この記事は何て書いてあるの?」 「アウグスタで雪が降ったそうだよ。5センチほど積もったらしい。ああ、あと今年の冬は寒くなるおかげで来年は美味しい葡萄がとれそうだとも書いてあるね。」 ”ゆき”が降る?積もる?何のことだかさっぱりだ。その”ゆき”というものが現れてしまったから冒険へ行けなくなるの?んー?と、頭を巡らせていると、彼が「ああそうか」とつぶやいた。 「テイマーはトランの森出身だったっけ?たしかあそこは雪が降らなかったね。」 「うん、見た事ないよ。”ゆき”ってなんなの?」 「雪はね、雨が凍ったものだよ。」 「雨が、凍るの?!凍るって、あなたの魔法みたいに氷になっちゃうってことだよね?誰かが雲に魔法をかけちゃうの?」 「ううん、違うよ。自然と凍るようになるんだよ。これから冬になるとアウグスタ半島やコドム共和国は、とっても寒くなるんだ。」 「寒くなると凍るの?」 「そうだよ。水は寒くなると凍るんだよ。」 「氷が落ちてくるなんて…、たしかにそんな危ないんじゃ外に出られないものね。」 彼が魔法で呼び出す氷の柱を思い浮かべた。あんなものが空から降ってくるなんて、恐ろしい。避けるのに精いっぱいでとても旅なんてできそうにないね。 「なんだか勘違いされてるような気がするんだけど…。うん、そうだ。説明するより見た方が早そうだ。今からアウグスタへ行こう。」 「ええっ、わざわざそんな危ないところにいくの?!」 席を立った彼をぎょっとした面持ちで見つめた。”ゆき”の恐ろしさを十分理解しているはずなのに、彼の顔には楽しそうな表情が浮かんでいる。あれ、もしかして、”ゆき”って思ってるより危なくないの? ぽんぽん、と彼がわたしの頭を手のひらで優しくたたいた。 「大丈夫、そんなに怖いものじゃないよ。それじゃあ、うんとあったかい恰好をしなくちゃね。僕は防寒着があるけど、テイマーの分は誰かから借りなきゃ。…いや、どうせだし買ってしまおうか。服屋へ行って、その後テレポーターに頼んでアウグスタへ行こう。」 テキパキといつものように彼が段取りを組んでくれるのを聞いて、なんだかわたしも楽しくなってきた。「その前にランチ食べに行こうよ!」と提案しながら、わたしもテーブルから立ち上がった。 * * * 彼は何着も服を買ってくれた。ぴったりと肌にくっついてくるシャツに、厚手のシャツ、毛糸のセーターに、2枚の毛皮を縫い合わせて間に綿を敷き詰めてあるポンチョ、タイツにズボン。これを全部一度に着ろというのだから、冗談かと思った。彼も同じように何着もの服を重ね着していたので、しかたなく着たけれどやっぱり暑い。唯一風通しのよかった部分も、毛糸の帽子やマフラー、手袋、内側にたくさん毛のつけられたブーツを履かされたせいで、いよいよ体温の逃げる場所がなくなった。 「これくらいがちょうどいいんだよ。」と言った彼の頬は赤く上気していて、説得力に欠けた。 こっそりと、ぐるぐるに巻かれたマフラーを緩めた。 * * * 「アウグスタへ2名様ごあんなーい。いってらっしゃーい。」 足元に大きな穴が開き吸い込まれる。テレポーターさんの声があっという間に遠ざかり、風景も一緒に消し飛んで行った。 真っ暗な空間で体が一瞬だけ宙に浮かび上がり、あとは足元の光へと垂直に落ちていく。胃のあたりがぞわりとするので、テレポートのこの瞬間はいつも苦手だった。テレポートの数秒の間、いつも目を閉じてしまう。 世界が切り替わったのを感じたのと同時に、サクッと不思議な感触が足の裏から伝わってきた。目を開くと、世界は真っ白だった。記憶にある石畳の道路はどこにもなく、足元には白いキラキラとしたものが広がっている。足元をよく見てみると、自分の足が若干その白いものの中に沈んでいる。片足を持ち上げてみると、持ち上げていない方の足の下からグググッとくぐもった音がした。驚いて踏みかえると、反対の足の下からも音がした。 「わああ、なにこれ!」 声を上げると、急に目の前に白いもやが立ち込めた。驚いてまた悲鳴が出た。 「わあ?!」 すると、また白いもやが現れた。もしやと思って、ほーっと息を吐き出してみると、やっぱり白いもやが口から出てきた。 空気を吸うたびに、のどや口の中がすーっとした。空気すらも、いつものアウグスタとは違うみたい。いつもとは違う、鼻の奥がスンとする不思議な香りがする。 風もいつもとぜんぜん違う。そんなに強く吹き付けているわけじゃないのに、風が頬や首筋を撫でるとキリキリと小さな痛みが走った。その痛みが寒さなのだと気づいたとき、ぶるりと体が震えた。 「さっむい!」 「厚着して正解だったでしょ?」 振り返ると彼がわたしのマフラーを巻きなおしてくれた。さっきまで暑くて仕方なかったのに、今はマフラーのくれる暖かさがちょうどいいから不思議。彼の口からもしゃべるたびに白い息が出ていた。 「寒いと息が白くなるんだね、不思議!ううん、息だけじゃなくてこの足元のも、寒さも、空気も、全部不思議!」 手袋をはずして地面に触れてみると、ひんやりした。ぎゅっとわし掴んでみるときゅるきゅると変な音を立てて小さくなった。変なものだらけで、笑いがこみあげてくる。 「あははは、面白い!これが雪?」 「そうだよ。雪はね雨とは違って地面に降り積もるんだ。新聞では5cmって書いてあったけれど、朝のうちにまた積もったみたいだね。」 「すごいすごい!」 きゅわん、きゅわん、きゅわん。歩くたびに足元で変てこな音がする。 歩いた道を振り返ってみると、私の足跡がくっきりと雪の上にできていた。 いいこと思いついた! ぼすんっ! 「わあ、つめたーい!あはははっ」 背中から雪へと倒れてみると、予想通り体が埋まった。 自分の体の輪郭にぴったりとハマった感じが不思議で可笑しい。 見上げた空は白い世界の中で唯一色がついていた。 薄墨色の雲に覆われた空だった。 ぐぐっ、ぐぐっと音が近づいてきて、空を見上げる私の視界に彼の顔が現れた。 「こんなに喜んでもらえるなんて、連れてきてよかったよ。」 「うん、ありがとう!そういえば、どうして雪が降ったら冒険ができなくなるのか、わかったよ。雪の上は歩きにくいから移動が大変だし、こんな厚着じゃあモンスターとは戦えないよ。」 「そのとおり。それと、この寒さじゃあ凍死する危険もあるからね。」 「雪って、こんなにきれいなのに怖いんだね。」 雪自体には攻撃性なんてないのに、ほんとうに雪って不思議だなあ。 「雪が降る間は、わたしたちどうしたらいいの?」 「たいていはどこかの街で大人しくしてるもんだよ。 冬の間だけ仕事をしている者もいるけれど、僕たちはお金があるからね。 毎年、どこかに家を借りてゆったり休暇を楽しんでるよ。」 「そっかあ。…ん、あれ?」 ひやっと、頬に何かがふれた。触ってみると水だった。雨かな? 見上げた空から何か白いものがたくさん落ちてくる。 「おや、また雪が降り始めたみたいだね。」 「これが…。」 ふわふわ、ふわふわと静かにそれらは舞い降りてきた。 風に微かに吹き付けられている様子は、まるで抜け落ちたばかりの羽毛みたい。 「きれいだね。どれくらい積もるのかな?」 「すごいときだと2階の窓からじゃなきゃ外に出られなくなるらしいね。」 「そんなに?すごいね、見てみたい。」 「今度は2月ごろにまた来よう。」 「うん、それもいいけど。…私たちの休暇の場所、この街にするのはどう?」 「ふむ、みんなと相談しなきゃだね。善は急げだ、さっそく聞きに行こう。」 手を伸ばすと彼が手を取って引き起こしてくれた。 起き上がった拍子に、いつの間にか体に積もっていた雪が、地面へと落ちていった。 この大陸の気候がわかりません。アウグスタはブドウ畑があるから、雪降るはず。 2012/12/15 なんか光奏師ばっかり。 |