遭難 -4-



 しまった、と剣士が思った時には遅かった。剣を振るうよりも先に爪で抉られ、足を踏ん張ろうとしたときにはすでに足場が無かった。強かに背中を打ち付けたが、勢いのついた体は留まることを知らず、斜面を転げ落ちていく。何度も何度も体が打ち付けられて、息ができない。自身が巻き上げている雪なのか、空から降ってきている雪なのか、視界は真っ白だ。どこか掴めるところは無いのかと、手を、足を、振り回しながら白の中でもみくちゃにされる。ようやく坂の終わりに辿り着くと、粉のような雪の山に剣士は頭から突っ込んだ。腕をついて顔を起こし、何度も剣士は咳き込んだ。傷がずきずきと痛みを発し、視界はなぜだかグラグラ揺れている。回復しようとポーションをとろうとしたが、腰にあるべきベルトがそこになかった。カバンまで無い。すぐにでも倒れ込みたくなるのを抑えて、剣士は周囲を見回した。坂を落ちているうちに外れてしまったらしい自分の荷物や装備が、あちこちに落ちていた。 目と鼻の先にポーションが一つ落ちている。立ち上がる気力も無くて、ずるずると腕だけで剣士は前に進んだ。 もうすぐ手が届くという所で、ついに腕からガクンと力が抜けて、剣士は再び雪の中へ埋もれた。意識が明滅する。
 意識が落ちると思ったその時、ざくっざくっと雪を踏みしめる音が聞こえた気がした。暗くなっていく視界をどうにか音のする方に向ける。降り注ぐ雪の向こうに、何かが居る。敵意がこちらに伝わってくる。姿を見えせないそいつは、けれど確かにそこに居て剣士が凍死するのを待っていた。
 凍りかけた剣士の中に小さな火がともった。敵を目前にして、自分は何を諦めかけようとしていたのか。こんなところで力尽きかけようとしている自分に対して、ふつふつと怒りが湧きあがってくる。ギリギリと奥歯を噛みしめた。剣士は地面に勢いよく腕をついた。

「うがあああああーっ!」

 雄たけびをあげて剣士は立ち上がった。落ちかけた意識を剣士は自分の意志の力だけで復活させた。拾い上げたポーションを一気に飲み干す。少ない量だったが、胸の傷を止血するには十分だ。剣士は口元をぬぐうと、吹雪のむこうにいる観察者を見据えた。

「こそこそ隠れてないで、出てきやがれ!」

 ごうん、と空が轟音を立てた。一瞬だけ吹雪が強くなったと思うと、急に風がやんだ。 ちろちろと大粒の雪が舞い降る雪原に、それは立っていた。見た事も無いモンスターだった。 一見して、剣士はそのモンスターは巨大な馬だと思った。その身長は剣士の背を優に超える巨体だ。雪を踏みしめる4本の脚は、大腿が太く、脛は骨しかないかのように細く、蹄があり、まるで馬の脚にそっくりだ。けれど、その体は馬には無い長い体毛で覆われており、顔つきも馬のそれとはまったく異なる。何よりも頭のてっぺんから左右に木の枝のように伸びた角が目だつ。角はその頭で支えられるのかと不思議になるほど巨大だ。モンスターは興奮しているように白い息を鼻から吐き出している。 その鼻が徐々に赤みを増していき、煌々と輝き始めた。モンスターが輝くその鼻を天へと向けた。
 何かする気だと気づいて、剣士は背中に背負っていた両手持ちの剣を抜いた。腰に差したまま空っぽのままだった片手用の剣の鞘を放り投げ、両手持ちの剣を構える。
 強まっていく鼻の輝きが直視できぬほど高まった瞬間、モンスターが角を大きく振りかぶり、強風が剣士に向かって襲い掛かってきた。唸りをあげる風が降り積もったばかりの雪をえぐりながらまっすぐにこちらへ向かってくるのが目視できて、剣士は咄嗟に横へ飛んで避けた。背後の斜面に風は直撃し、斜面には巨大なクレーターができた。すごい威力だ。巨大なクレーターに上から雪が雪崩落ちる様を見ながら、剣士はぞっと背筋を凍らせた。 それと同時に、吹雪を巻き起こす能力と真っ赤な宝石のように輝くモンスターの鼻を見て、このモンスターが噂のそいつだと剣士は確信した。
 モンスターはまた鼻を輝かせて天を見上げている。もう一発撃ってくるきだ。
 剣士は剣を振りかぶり上段に構えた。

「風を使うのは、お前だけじゃないんだぜ。」

 何度も振り下ろされた斬撃が複数の真空波となってモンスターへ飛んでいく。 モンスターも角を振りかぶり、モンスターの起こした旋風と真空波がぶつかった。 爆発が起こったようにその場の雪が飛散する。けれど、モンスターの旋風は真空波と相殺されることはなく、再び斜面にクレーターが空いた。
 剣士は眉間に皺を寄せた。早く終わらせなければならないのに。
 気合でごまかしてはいるけれど、体力はすでに満身創痍の状態に近い。何よりも、今だ吹雪の中にいるであろうシーフのことが気がかりだった。


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 特別出演:赤鼻のトナカイさん


























遭難 -5-




 やはり直接叩きに行くしかない。剣士はふぅーと息をはき、剣を体の前で構えた。いつ打たれても避けれるように、天を向くモンスターを真剣に観察する。そうしながら数瞬待った。モンスターが旋風を打ち出した瞬間、剣士は横に避け、モンスターのもとへ一気に駆け出す。 モンスターはすでに次の一発を打つため天を向いている。近くなった分、次の旋風が到達する速度はかなり早い。地面の雪が抉れるのを見てから避けるのでは間に合わない。だから剣士はカンだけで行動した。
 気合入れろ!
 気を抜けば力の抜けそうになる足を叱咤して、剣士は地面を強くけった。飛び上がった彼の足元をモンスターの発した旋風が通り抜けていく。着地するなり、間合いに入ったモンスターに剣士は斬りかかった。モンスターは巨体に似合わない軽やかさで、剣士の斬撃を避けた。剣士の剣はわずかにモンスターの皮を裂いただけである。一気に距離を詰められてタタラを踏むだろうと予想していたモンスターは、けれど剣士の予想に反して体勢を崩すこともなく、それどころかすぐさま反撃してきた。後ろ足で立ち上がったモンスターが前足で強烈な蹴りを繰り出してくる。頭上から振り下ろされる前足を剣士はなんとかギリギリで避けた。一歩距離を置いた標的に向かって、モンスターは頭を下に向け、巨大な角で剣士を突き刺しにかかってきた。すんでのところで角を剣で受け止めたが、衰弱した今の剣士に鰐瀬り合いは不利だった。ガクンと力が抜けて膝をついた剣士を、モンスターは角を横に一線することで剣ごと剣士を振り飛ばした。
 立ち上がった剣士が見たのは、天を向いていたであろうモンスターが角をひと振りしたところだった。剣士は真正面から旋風を受けた。どすんと風が自身の体にのし掛かったと思った次には、斜面に打ち付けられ、風の壁と斜面に挟まれ押しつぶされた。クレーターの中で伸びている剣士の上にぼとぼとと雪崩た雪が落ちてくる。
 モンスターは動かなくなった標的に止めを指すため、その赤い鼻を再び天に向けた。
 まだ戦いたいのに、指一本動かせない。振り下ろされようとする角を剣士はただ見つめていた。

 ヒュン!

 突然飛んできたダガーに、モンスターは身をひるがえした。そして、攻撃してきた新たな敵に向かって風を発射する。追撃で放たれていた6本のダガーが旋風に巻き込まれてあらぬところへ飛んでいく。
 シーフだ!モンスターの攻撃を軽やかに回避するシーフの姿を見て、剣士は安どのため息が出た。
シーフとモンスターはしばらく応戦していたが、剣士が瞬きをした一瞬の間にシーフが忽然と姿を消していた。標的の消失にモンスターが狼狽している。

「ずいぶん派手にやられたな。ざまあないな。」

 シーフの声が剣士の足元からしたと思うと、剣士の影の中からシーフが姿を現した。シーフから半量のフルヒールポーションを掛けられて、剣士の体力はだいぶ回復した。

「おお、ありがとさん。」
「あとで代金きっちりいただくから。」
「まじかよ、しっかりしてるな。それよりあいつが例のやつだぞ。」
「わかってる。…っと、まずい!」

 シーフに引き上げられ、クレーターの中から放り出された。二人が今いたクレーターに旋風が衝突する。モンスターが標的を見つけて唸り声をあげていた。

「あいつデカい図体してなかなかすばしっこいぞ。なんか作戦ある?」
「ようはドカンと一発当てられればいいんだろ。お前が好きに暴れられるよう準備するから足止め頼む。」
「りょーかい。」

 シーフは再び影の中に潜み、剣士は剣を構えた。モンスターが天を仰ぐ。

「さっきのよろよろだった時の俺と一緒だと思うなよ!」

 吹き飛ばされた時も片時も手放さなかった彼の剣には彼自身の体から流れ落ちた血と先ほどモンスターに傷をつけた時の血がついている。べっとりと刀身にこびりついた血は、剣士が大きく剣を振るうと、その斬撃の波動に乗り、血色の真空波となってモンスターへと飛んで行った。今度の風の刃は、モンスターの起こした旋風を相殺した。剣士はまっすぐにモンスターへと突っ込んでいく。

「まずは!」

「「「うりゃあ!」」」

 モンスターの前に躍り出た一瞬、剣士は3人に分身していた。頭上に剣をかざし垂直振り下ろしの構え、大きく後ろに剣を引いた水平振り回しの構え、背をかがめて目の高さに剣を揃えた強突きの構えをそれぞれがとっていた。3つの剣がモンスターに仕掛けられる。モンスターはあっさりとそれを躱して見せた。

「まだまだあ!」

 後退したモンスターを追って、剣士がもう一歩前へ踏み込む。剣を構えて振り下ろしながらのその一歩で、剣士の姿は10に分身した。あらゆる角度から繰り出される10の剣に、さすがに全ては回避しきれず、モンスターの肌が切り裂かれた。太刀は入ったが、まだ浅い。さらに踏み込もうとしたが、横薙ぎに振られた凶悪な角にその一歩は阻まれた。一本を抑えても、枝分かれしている他の角が突き刺されそうになり、剣士は防戦を強いられた。
 ひゅんひゅんとダガーが風を切り、モンスターが剣士と距離を置いた。

「剣士、こっちの準備はできた。交代だ!」
「よし、まかせた。」

 代わり際、シーフが自分のカバンを放り投げてきたのを、剣士は理由も聞かずに受け取った。
 シーフが拳につけたクローで切りかかってくるのをモンスターはもちろん躱し、リーチの短い敵にこれ幸いとばかりに前足で攻撃を始めた。シーフはそれを避けるのに精いっぱいの様子で、後退をよぎなくされる。じりじりと下がっていくシーフを、前足を繰り出しながらモンスターが迫る。
 モンスターの前足がシーフに避けられて地面を引っ掻いた瞬間、バサンッと雪の下から現れたトラバサミに両前足を挟まれた。 身動きを封じられて、モンスターは後ろ足を暴れさせた。激しく見動くモンスターにトラバサミが壊れそうな音を立てる。 モンスターの後ろ足がある地点を踏んだ。踏んだ場所に一瞬緑の髑髏マークが浮かび上がり、地面から緑のガスがもうもうと立ち込める。 その緑のガスを吸うと、モンスターはぶるぶると体を震わせ、力が抜けたように足を折って地面に座り込んだ。
 シーフが満足げにニヤリと笑みを浮かべると、剣士を振り返った。

「剣士!」
「おう!」

 威勢よく返事をしながら、一気飲みして空になった青ポーションの空き瓶を地面に放り投げ、剣士は剣を頭上高く掲げた。何本もの空き瓶が転がる雪の上に、青白く輝く魔方陣が浮き上がる。キラキラと輝く青の粒子が空気を漂い、剣へと集まっていく。
 光り輝くその剣を剣士が振り回す。その剣先から、青い炎を纏った氷の竜が召喚された。氷の竜は長い体をたゆらせながら、剣士の周りをぐるりと一周した後、モンスターへと向かっていった。モンスターの首に氷の龍の牙が深々と突き刺さり、傷の周辺が瞬時に凍てつく。竜の身にまとう青い炎がモンスターの肌を焼きつかせた。
 モンスターが悲鳴をあげる。致命傷を受けてなお、モンスターはまだ倒れなかった。体から毒が抜けたようで、再び立ち上がろうとする。そんなモンスターの影の中から近づくものが居る。のっそりとモンスターの死角から現れたシーフは、短刀でモンスターの心臓を一突きした。ぐらりと大きな角を載せた頭がぐらりと揺れて、雪の中へと落ちていった。
 雪が止んだ。

「あちゃー、美味しいとこ持ってかれちゃった。」
「お前が殺しきれなかったからだろ。」

 武器を収めて、二人は地面に腰を下ろした。思い出したように、ポーションで回復しきれていなかった傷がうずきだしている。胸の傷をさすりつつ、剣士は感慨深げにモンスターの亡骸を眺めた。

「とりあえず、目標達成だなあ。」
「いちよう、な。」

 真っ赤に輝きを放っていたモンスターの鼻は、役目を終えたように徐々に色を失っていく。何の変哲もない、ただの鼻だ。

「…鼻と一体化してる宝石なんだと、思いたかったけどなあ。」
「どうみたって、これ宝石じゃないだろ…。」

 はあ〜、と二人のため息が重なった。苦労してやっと見つけたと思ったらREDSTONEじゃなかったなんていつもの話。残念そうな顔をしつつも、二人の心にはひとつの冒険を乗り越えた満足感が確かにあった。

「それじゃあ、怒られに帰りますか。」

 いつのまにか散り散りになった雲の隙間から、光の柱が雪原に降り注いでいる。目指すはこの雪原の先、仲間の待つアウグスタの街へ。こたびの戦利品を担ぎ上げ、二人は斜面を下り始めた。

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 戦闘シーンが書きたいとこありすぎて、長くなりました。


























真冬の温もり



 どどん、と大きな音がして微かに揺れを感じた。何の音だろう?微睡から目覚めても、ベットに横になったまましばらく霊術師は音の正体を探っていた。 窓の外側で雪の塊が落ちていくのが一瞬見えた直後、またどどんと音がした。外からだ。屋根の上の方から、シーフと剣士の話し声が聞こえる。 どうやら二人が屋根の雪下ろしをしているようだ。ぼんやりとする頭のまま、おかしいな、と霊術師は疑問に思った。 今朝は昨日の夜から大雪が降り続いていたはずである。ついさっき雪の重さで屋根が潰されてしまう前にそろそろ雪を下ろさないとと話していた中で、 新聞で天気予報の欄を見たWIZが午後には大雪が止むからその後にしようと提案して、そう決まったはずなのに。 なんでもう作業してるんだろう。だって、ほら、まだ大雪が降って…。
 一粒も雪の降っていない外の様子に気づいて、霊術師は飛び起きた。きんと澄んだ真冬の空のずいぶん高いところで太陽が輝いている。 彼女の口が音には出さないで「うそー」とつぶやいた。朝ごはんを食べて自室に戻ってからの記憶は無い。 何よりも空腹を訴える彼女の腹時計が時間の経過を教えてくれた。
 溜息をついて台所に向かうことにした。


*****


 1階の個室も2階の個室も台所以外の部屋はすべて玄関ホールと接している。台所は暖炉の部屋の奥にある。階段を下りた霊術師は、台所に向かうため暖炉の部屋の扉を開けた。 この屋敷で一番広くて一番暖かいこの部屋は、いつも仲間たちの溜まり場だった。いつも人の声に溢れていた部屋は、今日はしんと静まり返っていた。パチパチと薪の爆ぜる音だけがする。

「おそようね、霊術師。」

 誰もいないものと思っていた霊術師は、どこからともなく聞こえてきたプリンセスの声に驚いた。 暖炉の前に置かれたソファーの陰から、ひょっこりとプリンセスが顔を出した。 小さなその顔が、ニンマリと猫のような笑みを浮かべている。

「わかる?遅いから「おはよう」じゃなくって「おそよう」なの!」

 きゃははは、と甲高い少女の笑い声が部屋に響く。いつになくテンションの高いプリンセスに霊術師は若干引いた。 眉根にいつもの皺が寄る。そんな霊術師の様子なんぞ気づかないようで、楽しそうにプリンセスはこいこいと手招きした。

「こっちにおいで。ビショップったら雪なぶりに夢中でお昼の準備遅くなってるのよ。あなたもおなかすいてるんじゃない?美味しいものがあるから、一緒に食べましょ。」

 できるなら行きたくないけれど、背に腹は代えられない。食べ物に釣られて、霊術師はプリンセスの隣、暖炉の前に敷かれた毛皮の敷物の上に腰を下ろした。
 暖炉の中に小さな鍋が吊り下げられていた。中身は見えないけれど、食欲を誘ういい香りが鍋の方からしてくる。 プリンセスの前には、足の短い鉄製の三脚が置かれている。三脚の足の下には小さなロウソクが置かれていた。
 鍋つかみを手にしたプリンセスが鍋を暖炉から下ろした。鍋の中で乳白色のどろりとしたものがぷくぷくと気泡を弾きさせていた。それを三脚の上にのせ、プリンセスはロウソクに火を点けた。

「よし、準備おっけー。はい、どうぞ。」

 そう言って彼女は、背後に置いてあった大皿を三脚の前に置いた。皿の上には一口大に切ったニンジンにジャガイモ、ブロッコリーなどの野菜やバケット、そしてウィンナーが並んでいる。隅に爪楊枝が添えてある。爪楊枝で刺して食べればいいのはわかるけれど、あの鍋の中身との関連付けがわからない。戸惑いつつもとりあえず、霊術師はバケットをつまんで口の中に放り込んだ。バケットはただ切ってあっただけではなく、バターでカリカリに焼かれていた。美味しい、と霊術師が思う間もなく、プリンセスが悲鳴を上げた。

「違うわよ!チーズフォンデュなの。そう食べるんじゃなくてえ、こうするの。」

 爪楊枝でジャガイモを突き刺し、鍋の中身に突っ込んだ。乳白色のそれを纏わせるようにジャガイモで掬い、ひょいっと口の中に放り込んだ。プリンセスがうっとりと目をつぶり頬に手を添えて味わっている。

「んー、いいわあ。ほら、あなたもやってみて!」

 しぶしぶ霊術師はニンジンに爪楊枝を刺して、プリンセスがしたように鍋の中身を掬い取った。とろとろと、掬ったものが落ちそうになるので片手を添えて口へ運ぶ。口の中に入れた瞬間、ふわりとあたたかいチーズの香りが口いっぱいに広がった。茹でられたニンジンの優しい甘さがチーズとよくあっていた。

「…おいしい。」
「でしょでしょ?さらに、これを飲むともう最高よ!」

 そういって彼女はグラスを差し出してきた。そういえば彼女はさっきからそれをちょくちょく飲んでいる。受け取ったグラスの中で、濃い赤紫の液体がタプタプと波打っていた。グラスに顔を近づけると、芳醇な葡萄の香りが鼻をくすぐった。もしやと思って一口飲んでみると、どくとくな苦味とのど越しがあった。

「…これ、お酒じゃない。」
「ええ、そうよ。アウグスタ名物葡萄ワイン!チーズとぴったりだと思わない?ビカプールのビールもあるの。こっちのウィンナーが香辛料たっぷりできっとビールとも相性いいわよ。ああ、甘いのが好きだったらカクテルもあるのよ。」

 次から次へとお酒の瓶が出てくる。どうりでテンションが高いわけだ。実年齢は違えども、10もいかなそうな見た目の少女が、それも可憐と形容していいようなおしとやかそうな彼女が、昼間っからお酒を飲んでいる姿の似合わないこと。

「なんだか、似合わないわね。」
「そう?あたし実はお酒だーい好きなのよ。」
「…知らなかった。」
「旅の間は飲むわけにもいかなかったからねえ。話す機会も無かったし、知らなくって当然よねえ。」

 くるくるとグラスの中身を揺らして、プリンセスは目を伏せた。さっきまであんなに高かったテンションはどこへ行ったのか、一気に大人らしい表情に見える。酔った彼女は感情の起伏が激しい性格なのかもしれない。しずかな声でプリンセスが続ける。

「一年近く一緒に居ても、案外お互いのこと知れてなかったりするのよね。こうやってゆっくり話す暇なんて無かったし。とくにあなたは、おしゃべりな方じゃないもの。」

 あれ、もしかして責められてる?霊術師は気まずそうに身をちぢこませたけれど、プリンセスは特に意図したものは無かったようで、穏やかに微笑みを浮かべている。

「私ね、駆け出しの頃、旅の資金集めで酒場の歌いこやってたの。あのころは戦う力なんてぜんぜん無かったから、自分の特技でしかお金稼げなかったわ。旅に出てからも、ひとりじゃぜんぜんモンスターは倒せないし、街の人からの依頼も受けられなくって…。街に着くたびに酒場で歌わせてもらってたわ。そうやって各地の酒場をまわってたら、美味しいお酒の場所知っちゃって、今じゃ立派な酒好きよ。」

 意外だった。なんて事も無いようにサラリと語られたその過去で、彼女はいったいどれだけの苦労をしてきたのだろう。 戦力として十分役割を果たしている彼女、いつも自信にあふれた彼女。明るく笑っている彼女しか見た事なんてなかったのに。 自分とは正反対の性格で、自分とは分かり合えない人種だとずっと思ってたのに、なぜだか今なら彼女のことを何でも理解できるような気がした。

「ねえ、あなたは何が好き?故郷はどんな街?あなたのこともっと知りたいなあ。」

 こんなに近くまで近寄らせてくれたこと、自分のことをもっと知りたいと言ってくれたこと、霊術師は素直にうれしく思えた。 何か彼女に自分のことを伝えてみたい。霊術師が口を開こうとしたそのとき、勢いよく部屋の扉が開けられた。勢いのついた扉は壁に衝突してダーンと大きな音を立てた。

「あーつっかれたー!ん?酒あるじゃん!」
「なに、こんな時間から飲み会やってんの?」

 雪かきを終えてきたらしい剣士とシーフだった。ずかずかと二人が部屋に入ってくる。一気に部屋の中が騒がしくなり、さっきまでの居心地の良かった空間が壊れていく。

「おれ達も混ぜてくれよ!」
「いいわよ、はいビール。」

 あっさりとプリンセスが二人にお酒を配り始めるのを見て、プリンセスとの間に再び距離ができたのを霊術師は感じた。それがなんだか虚しい。

「プリンセス、霊術師、見てくれ!この暖炉の上に飾られたデカ角のモンスターの首の剥製を!これを俺とシーフが倒した時の話聞きたいよな?」
「まーたその話かよ。」
「おや、僕たち抜きで楽しそうなことしてるね?」
「わーい宴会だ!はーいはーい、一発芸やりまーす。笛の演奏しまーす!」
「みんな集まって何してるの?あら、美味しそうなお酒!」
「みなさんお昼御飯ができまし…、おやおやこれは?ご飯よりお酒のおつまみが必要そうですね。」

 どんどん人が集まってきて、あっという間に暖炉の前は賑やかになっていく。決して楽しいことは嫌いじゃないのだけれど。徐々に高まっていく部屋の雰囲気を楽しみつつも、霊術師の心には小さな不満が残っていた。

「霊術師ー。」

 声量を落とした声に振り返ると、さっきまでみんなの前でテイマーの笛の演奏に合わせて歌を歌っていたはずのプリンセスがいつの間にか霊術師のすぐそばに戻ってきていた。 まるで内緒話をするように、ずいと霊術師の耳元に顔を近づけてささやく。

「また今度、ふたりでゆっくりお話ししましょ。」

 にっこりと愛らしい顔で笑う彼女に、霊術師も微笑みを返した。
 互いの心の距離を近づけながら、冒険家たちの宴は続く。


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 ちょっと尻切れトンボ。

 


























冬の暇つぶし



 騒音が床を突き抜けて、光奏師のいる部屋にまで響いてくる。まだ大人たちは騒いでいるようだ。 荒立ちそうになる心を押さえつけて読書にいそしんでいた光奏師は、けれど絶え間なく響いてくる大勢の笑い声や音楽についに集中力が切れた。 溜息をつきながら、読んでいた本をパタンと閉じる。テーブルに積み重ねられていた3冊の本の上に閉じた本を置き、イライラとしながらベットに敷いてあった毛布を剥いで乱雑に畳んだ。本4冊と毛布を抱え、光奏師は読書に最適な場所をみつけに館の中を散策し始めた。

 散策すると言っても、この館の共有スペースは暖炉か台所しかないし、どうしたものだろうか。当てなんて無かったが、静かな場所は案外早くに見つかった。光奏師の部屋がちょうど1階の暖炉の部屋の真上だったせいなのか、しばらく廊下を歩いて暖炉の部屋から距離を開けてみれば、存外静かになった。このまま廊下を進めば2階と1階が吹き抜けになっている玄関ホールに辿り着いてしまう。玄関ホールと暖炉の部屋は隣接しているので、あっちにはいかない方がよさそうだ。 窓から差し込む光が、廊下の床に真四角の敷物を敷いている。陽だまりのひとつに腰を下ろして、毛布の中にくるまと十分に暖かかった。 最初は廊下で読書なんて寒すぎるだろうかと思っていたけれど、これなら苦も無く集中できそうだ。 蟲の羽音ほどに微かに響いてくる宴会の音にも気にすることも無く、光奏師は読書を再開した。

 コツコツと階段を誰かが登ってくる音に、光奏師の意識が本から浮上した。 きづくと読みかけだった本は、いつのまにか最終章に突入するところだった。 切がいいところまできたせいか、自然と意識は階段を登ってくる誰かに向いた。 廊下の先に現れたのはネクロマンサーだった。小さな体をいつものようにとことこと揺らしながら光奏師の前までやってくると、ネクロマンサーは手にしていたお盆をずいと突き出してきた。

「光奏師、ごはん!光奏師おなかぺこぺこ?もってきた。」

 そういえばさっき部屋を出た時、時計は12時をすぎていた気がする。時間的にはお昼にちょうどよいのだろうけれど、朝から本を読んでじっとしていたせいか、あまりお腹はすいていない気がした。したのだけれども、お盆の中身を見た途端、急に腹の虫が騒ぎだした。湯気を立てるグラタンとスープ、そしてパン。「ありがとう」と言って光奏師はお盆を受け取った。この場所は暖かいし、部屋に戻るのもなんとなく面倒で、光奏師はその場で食事をすることにした。食事はやっぱり美味しい。美味しいのはよいのだが、落ち着かない。すぐ下に戻るだろうと思っていたのに、なぜかネクロマンサーはその場に立ち止まったままじーっとこっちを見てくるのだ。廊下で食事しているので自分が言えた事じゃないけれど、ちょっとマナーがなっていないんじゃないだろうか。ユラユラとネクロマンサーがどことなく落ち着かない様子で頭上の炎を揺らしている。

「えっと、何?下に戻らないの?」

 青い炎の揺らめきが、さっきよりも忙しなくなった気がする。

「下、うるさい。みんなお酒、うざい。」

 あの人ら昼間から宴会なんてしてるのか。心底、光奏師は呆れた。光奏師も酒を飲んだ大人たちに絡まれるのは嫌いだったので、下に降りなくてよかったと思った。
 下に行きたくないのはわかったけれど、じゃあ自室にでも行けばいいのに、ネクロマンサーは何がしたいのだろう?

「光奏師、も、うるさいの嫌い。ボク、も、静かなの好き。」

 それってつまり?

「一緒に居てもいいかってことかい?」

 ネクロマンサーから返事はなかった。ただ炎を慌ただしく揺らしているだけだ。けれど、光奏師にはそのネクロマンサーの様子は、恥ずかしがってもじもじしている様に見えた。 いつまで待っても何も言わなさそうなので、光奏師はぽんぽんと横を叩いた。

「静かにしてるならいいよ。」

 兜の合間から見えるネクロマンサーの目が、笑みを浮かべたように見えた。ネクロマンサーの頭上の炎が若干大きくなってピンと立つ。喜んでいるのだろうか?トコトコと歩いてきて光奏師が纏っている毛布を踏まないようにちょっとだけ距離を開けて、ネクロマンサーは光奏師の隣に腰を下ろした。そこはちょうど壁で光が遮られ陰になっているから、絶対寒いだろうに。光奏師は自分の包まっていた毛布を捲った。

「それじゃ寒いだろ!もっとこっち来て。そう、これも着て。」

 こうして二人は仲良く一つの陽だまりの中で一つの毛布にくるまった。毛布の中は二人分の体温で、さっきよりもポカポカと暖かった。光奏師がご飯を食べ終えるまでも、本を読み始めてからも、ネクロマンサーはじっと黙っていた。ただ静かに頭上の炎をゆっくりと揺らめかせていた。他人の気配がすぐそばにあっても、光奏師は気にならなかった。ふたりは無言のまま、廊下には時折光奏師が本をめくる音だけがあった。

 次に光奏師の意識が戻ってきたのは、急に寒さを感じてからだった。本は残すところ数ページになっている。寒さの原因は、ネクロマンサーが急に立ち上がったせいで毛布がめくれ上がったからのようだ。どうした、と尋ねる前にネクロマンサーは窓に走り寄った。ネクロマンサーは窓枠に手をついて、外の様子を熱心に眺めている。その時になってようやく光奏師の耳にも子供たちの声が聞こえてきた。
 4人の子供たちが外に居て、雪の中で遊んでいるようだ。きゃっきゃっとはしゃぎながら雪だるまを作っている。”雪だるま”というものを光奏師も初めて見たので、しげしげと眺めてしまった。そんな光奏師の袖をちょん、とネクロマンサーが引っ張った。ネクロマンサーの青白い瞳が、心なしキラキラと輝いているように見える。

「光奏師!あれ、したい!」

 光奏師自身は雪遊びに興味はない。けれど、興奮しているネクロマンサーを見ていると付き合ってやりたい気持ちもある。手の中の本に目を落とした。本の結論を知るか、ネクロマンサーの期待に答えるか。光奏師が悩んでる姿を見て、しゅるしゅるとネクロマンサーの頭上の炎が小さくなっていった。

「ごめん、静かにする、約束した…。」

 その瞬間、光奏師の中でもともと傾きつつあった天秤が勢いよく振り切れた。

「いいよ、行こう。朝からずっと本ばかり読んでて体動かしたかったんだ。」

 毛布と本は廊下の隅に、食器は暖炉の部屋の入口に置いておいた。

「うーん、雪をかき集めて固めるんじゃ無さそうだ。それじゃあこうやって、転がしてみたら…うん、いいかんじだ。」
「雪、大きくなった!」
「よし、それじゃそっちのに重ねるよ。」

 ふたりで協力して雪玉をもう一つの雪玉の上に乗せた。見た目の割に雪玉はずっしりと重い。光奏師がそこらへんで拾ってきた石ころで目を作った。すると、ネクロマンサーが小枝を拾ってきて口を作った。”へ”の字の口のせいで、可愛らしいのにぶすっとした雪だるまになった。

「光奏師、そっくり!」

 ゆらゆらと青い炎を揺らしてネクロマンサーが笑ったようだ。まんざらでもなくって、光奏師も薄らと笑みを浮かべた。この小さなネクロマンサーをもっとはしゃがせてみたくて、「次は君そっくりなの作ろう。」と提案しようとしたとき、玄関の扉が開いた。

「かーっ、雪かきとかめんどくさー…ん?」

 大きな声で悪態をつきながら出てきたのは剣士だった。ずいぶんと酔っているらしく、顔は真っ赤で目は半目だ。光奏師とネクロマンサー、そしてふたりが作った雪だるまを交互に見て、目を瞬かせている。やがてにぃーっと、剣士が笑みを浮かべた。

「おいシーフ!アレ!ちょっと見てみろよ!」
「なんだよ、うるせえな酔っ払い。…あ?」

 剣士の後から出てきたシーフもこちらを見てポカンとした表情を浮かべる。剣士が満面の笑みを浮かべて雪だるまの元に近づいてきた。

「なんだなんだ、雪だるまなんて作っちゃって。お前にも子供らしいとこがあんだなー!」
「雪だるま…あの仏面が…意外とかわいいとこあるんだな!」

 ぐりぐりと大きな手で乱暴に髪をもみくちゃにされる。その後ろで何がおかしいのかシーフが噴出していた。頭を撫でられてネクロマンサーは満足げなようだが、光奏師はそうはいかない。「子供らしい」とか「かわいい」とか、光奏師の神経を逆なでする言葉が次々と投げかけられたせいだ。酒臭さも相まって、光奏師はあっという間に不機嫌になった。

「子ども扱いするな!」

 手近にあった雪の塊を剣士にぶつけた。光奏師が苛立ちをあらわにしたこの行動は、けれど酔っ払いを逆に喜ばせただけだった。

「おおっ、雪合戦か?!」
「いいぞ、おれたちが雪国の遊び方、たんと教えてやるよ!」

 その後、ぎゃあぎゃあという騒ぎを聞きつけ、酔っ払いたちが全員外へやってきて雪合戦大会が始まるのは当然の成り行きだった。次の日、合戦の過ぎた前庭には、個性的な10の雪だるまたちが並んでいた。雪だるまたちが春の日差しを目にするその日まで、彼らの冬休みは続く。

→→back 


 兄弟のようなふたり。変身したらアレだけど、ネクロマンサーはみんなのマスコット。光奏師はひとりで静かに過ごしたいタイプだけど、彼の周囲の仲間たちは小さな光奏師が可愛くって仕方なくって構ってもらいたがって大変です。




































2013/04/10
今回のお題:
初雪→はじめて雪を見る人の反応、雪の描写
巣篭り→雪の風景、美味しいご飯の描写
遭難→スキルを使う、友情
真冬の温もり→心理描写
冬の暇つぶし→ほのぼの描写