300年


 
 白地の石で造られた十字架の真ん中に、かの人の名と享年が刻まれている。 つるりとした光沢のある素材で作られた立派な墓だ。墓前には数十本もの白い花が積み上げられていた。ついさきほどまでここにいた、この花を捧げた人々は、今はもうここにはいない。話には聞いていないけれど、故人は地位の高い聖職者だったようだ。 教会関係者や親族・友人だけでなく、葬儀には彼の死を惜しんだ信者がたくさん来ていた。 葬儀が恙なく終了し、みなが去って行って暫く経つというのに、レークはまだそこに居た。 いつものビショップの服装ではなく、白色の祭服を着ている彼は、手の中に白い花を一輪握りしめたまま立っていた。深い悲しみの気配が広い背中越しに伝わってくる。顔を見てはいけない気がして、アロードは彼の横に並ぶ前に立ち止まった。それまで微動だにしなかったレークの背が動いた。大きく息を吸い込んだ彼の口から、静かに言葉が零れ落ちた。

「すべて、すべて覚えているんです。確かに彼とは同じ時間を過ごしたはずなのに、」

 その後に続く言葉は無かった。形にならなかった感情が、息となって彼の口から吐き出されただけだった。そよいでいた風が止み、静寂が墓地を包んだ。300年、壊れられないまま生き続けた”人間”の孤独がそこにあった。この孤独の中に彼を置いていくのは嫌だと、そう強く思った。

「知ってるかい、人間が永遠の命を持つなんて努力すれば案外簡単なんだよ。大量の魔力と引き換えに永遠の命を得る、千年前にはその魔法は開発されてるんだ。 すぐに禁忌扱いされたけど、何万人という魔術師が禁を破っていったよ。 けど、人間の魂は100年以上動けるようには作られていない。器はもっても魂は壊れしまって、みんな気がくるっていくそうだ。そういう気狂いのなれの果てが遺跡や塔に閉じこもってモンスターになるんだ。」

 この話の意図を察したらしいレークがこっちを振り向いた。泣いているとばかり思っていたが、彼の目にその跡はなかった。ただ予想通り悲痛な顔をしていた。少し怒気も混じっているかもしてない。

「僕は、お前を傍で支えられるなら、そうしてもいいかと思ってる。」
「やめてくれ!」

 逞しい腕がアロードを捕えた。痛いくらいに強く強く抱きしめられる。

「すみません、やめてください…。」

 今にも泣きだしそうな声だった。こんな話、彼を困らせるだけで喜ばせはしないとわかっていたけれど、本気だからこそ伝えてしまった。レークにとってはあっという間に来てしまうだろう自分の死を、これまで見てきた数百のそれと同じように受け入れてほしくない。今のようにそんな顔で一人にさせたくない。
 絶対にだ、とレークの肩越しに見えた墓を睨み付け、アロードは固く誓った。




→→back



追放天使が地上に降り立ったのが400年前(500年前?)の赤き空の日以降。記憶を完全に失ったのが300年前、都市ダメルの抗争で。0から人間として生きなおして、肉体は別でも精神は人間のそれで300年を過ごすのって苦痛だったろうなあ、と。
追加設定:追放天使は”忘れる”ということができない。なんでも覚えてる

2013/05/05