「フェシス見てくれー!懐かしいものを見つけたよー!」
ガシャンガシャンと賑やかに鎧を鳴らして、ナスタが部屋に押しかけてきた。ノックという行為を彼が忘れているのはいつもの事だ。それについて咎めることなく、装備の補修をしていた手を止めて、フェシスは「何をだ?」と優しく問い返した。
フェシスの装備が置かれたベッドの上にナスタは持ってきた風呂敷を置いて、中から取り出したものを「じゃん!」という効果音と共にフェシスの目の前で広げてみせた。
旧王国の紋章が描かれた前掛けのついた茜色の腰布…はて、何処かで見たことがあるような?「ん?」と首を傾げたフェシスに、ナスタはもう一つ風呂敷から何か取り出した。太く頑丈そうなベルトがダラリと垂れ下がった鉄の塊、ああ、これはショルダーパッドだ。回避と俊敏な攻撃に特化した剣士が、全身を覆う防御を捨て、盾での防御を行う左半身だけを守る、もしくは左肩ごと盾として扱うための鎧である。まさかまだ残っていたとは。
「うわ、懐かしい。」
「だろだろ??」
思わず小さな悲鳴を上げたフェシスの反応に、重装備の剣士は満足気な表情をした。
この鎧を初めて見たのは、今から十数年前、10歳のころ、冒険者の家で2人が初めて自分の装備を持ったときだった。
「あの頃は普通の鎧が重すぎるって理由だけで、これを選んだったんだよなあ。」
「お前、教官が止めても、防御は全部盾で受けとめれるから、って言うこと聞かなかったな。」
「あーそうだったねえ。あのころはホントに何もわかってなかったよ。」
10歳のナスタは彼が自分で思っているより、それほど俊敏性を持っていなかった。それに始めから気づいていた教官が、防御アップの魔法が織り込まれたシャツをショルダーパッドの下に着させてくれていなければ、あれ以上に傷だらけになっていたに違いない。彼が自分は筋肉がつきやすい体質なので、俊敏性ではなく一撃一撃を重くする攻撃性を高めた方が自分に合っていると気づいたのは数ヶ月先だった。
「あの無鉄砲が、今じゃ全身で敵の進行を食い止めるパーティの立派な盾だ。」
ナスタは照れたように頬をかいた。
「そういうフェシスこそ、立派になったよ。パーティ一のアタッカーだよ。」
「パーティ一の攻撃力はお前だろ?」
「そんなことない、フェシスのあの早さには負けるよ。」
ニコニコと屈託ない笑顔で褒めてくる、こういうところは昔から変わらないこいつの長所だ。
「何より昔より服装がエロくなったよね!」
ただ残念なことにあの頃とは違って、彼は些か純粋さを失っていた。
「はじめのころ何年かは、帽子に長袖長ズボンに詰襟マントで、まったく露出がなかったじゃん?」
「…10の時に、そんな目で俺を見てたのか?」
「まさか!今思うと禁欲的な格好だったなあ、って。今だと俺は全身缶詰めだし、フェシスの方が露出多いよね。腕全開!鎖骨チラッ!腹チラッ!帽子も無くなってキレイな顔がよく見えるようになったし。」
この純朴そうな笑顔で平然とセクハラ発言してくるのにも、もう慣れた。ナスタの発言はスルーして、フェシスは手もとの茜色の生地を持ってみた。そして、おや、と気づく。
「子ども用にしてはデカくないか?」
10のころに着ていたものも、15歳くらいの少年兵がつける最小の鎧を無理やりベルトを絞ってつけていたが、これはそれ以上に大きく見えた。腰周りがあまりにデカすぎる。
「そうだよ。これは今の俺に合ったサイズ。さっき久しぶりにケイルンさんに会いに行ったら見つけちゃってさ、つい買い取ってきちゃった。」
「またお前はムダ金を…。」
えへ、と笑ったナスタにヤレヤレとフェシスは肩を落とした。ナスタの戦闘スタイルと相性の悪いこんな装備どうする気だ。「どうするんだこれ?」と、問えば、「とりあえず着てみなきゃ損だよね!」とナスタが鎧を脱ぎ捨てながら即答した。
シャツの下から現れた分厚い筋肉を見て、少年時代になぜあれほど露出を拒んでいたのかフェシスは思い出した。筋肉のつきやすいナスタとは反対に、フェシスは筋肉がつきにくい体質だった。冒険者の家で同じ訓練を受けていても、二人の差はみるみる広がっていった。それが悔しくて、隣に立つのが恥ずかしくて、フェシスは衣服で体を隠すようになったのだ。今では一般人と比べればはるかに手足は太く育ち、全身のバネの強度が重要になるフェシスの戦闘スタイルにおいてむしろゴツゴツとした筋肉は邪魔になるので、フェシスは今の肉体のバランスが最適だと自信を持っていた。コンプレックスはもうないはずだ。無意識の内に首から垂らした長い赤の布切れの下に隠していた腕を、布を振り払って体の前で組んだ。
「うーん、やっぱ鎧を脱ぐと体が軽くなるねー。」
そうこうしているうちに、姿見の前でナスタは下着一枚の姿になっていた。
その姿でぐん、と背伸びする。彼の逞しい背筋がぐっと中央に寄って背中に小さな山が二つできた。
見せつけてるのかこの野郎、と内心イラッとしながら、フェシスは茜色の布地をナスタに放った。
「さっさと着ろ、見苦しい。」
「はいはーい。」
ふと風呂敷の中身を確認してみると、まだまだ装備が入っている。
レザーブーツに指穴の開いた革の手袋、チェーンベルトにサークルシールド…ホントにあのころの服装を再現したいらしい。
「フェシスー」と呼ばれて振り返ると、腰布の位置を調整しながら片手をこちらに伸ばしている。それが何を要求しているのかすぐに察して、フェシスはベルトを手に取り、先ほどの腰布と同じようにナスタに向かって放り投げた。同じようなやり取りが何度かあった。
手袋二つを放り投げ、ぱしぱしと順に剣士が片手で受け止めたのを確認して、フェシスは最後の盾を手に取った。今の人一人をその後ろに易々と隠せるほど大きな四角の盾とは比べ物にならないくらい小さい。
この大きさの差が、そのままナスタの今までの成長を表しているようだ。そう考えると少し感慨深かった。
盾を手にナスタの横に行くと、ナスタは片方の手袋を咥えながら、指を入れたもう片方の手袋の裾を引っ張って皺を伸ばしているところだった。伸縮性のある革はぐぐっと伸び、手を離されるとパシンと乾いた音を立てた。子どもの頃も同じようにしていたはずだが、大人の男がやるとなかなかワイルドな絵面だ。残りの手袋も手早く身に着け、フェシスから盾を受け取り、床に転がしたままだった愛刀を手に取る。
にぃ、と子どもの頃と同じ笑みを見せた後、ふっと笑みを消して戦闘の構えをとった。
腰を落としてやや下から見上げるようになったナスタは、目で「どうだ?」とフェシスに問うた。
子どもの頃はとても似合っているとは言い難かったその装備が、大人になったナスタの体に恐ろしいほど似合っていた。さらけ出された腰も足も肩もどこもかしこもどっしりとしていて、男らしさを感じさせる。
さっき下着一枚になったときに、その筋肉のすごさは目に映っていた。その時は「あいかわらずすごいな。」という程度の感想しか出なかったのに。なぜか目の前のナスタに色気を感じた自分に気づいて、フェシスは動揺した。
返答の無いフェシスを不思議に思ったのだろう、ナスタが訝しげに首を傾げたのを見てフェシスはハッと我に返った。
「…割と、似合ってるぞ。」
「割とぅ?」
きりっとしていた顔から、一気に腑抜けた表情に変わった。よほど微妙な返答をされたことが気になったらしく、愕然とした表情で鏡を振り返っている。正直ものすごく似合っているとは思っていたが、訂正する余裕がフェシスにはなかった。後ろを向いたナスタの背中から、またしても妙な色気が漂ってくるのだ。うっ、とフェシスは鏡の反射でナスタに見えてしまわないように一歩下がってから思いっきり顔を顰めた。顔を片手で覆う。なんだこれ、何でナスタ相手に?当惑しながら、指を開いてフェシスはナスタの背中を今一度伺い見た。盛り上がった肩に、たくましい腕。微かにくびれた腰と肩までのラインは見事に逆三角形で男らしい。慌ただしく身なりを確認してるナスタの動きに合わせてベルトの下で筋肉が微かに動いていた。そこまで見て、ああそうか、とフェシスは気づいた。ベルトだ!妙な色気はベルトのせいだ!鎧を固定するために、胸の上部からぐるりと肩と首回り、そして背中を囲うベルト。幅の太い濃き色のベルト、それが人の肌の上にピタリと締め付けるようにのっているのは何かエロい。そのベルトがさらに筋肉と筋肉の隆起をまたぐように横たわり、肌の上に陰影ができるが、その隙間にもエロを感じる。ベルトがナスタの肉体美をこれでもかというほど増長しているようだ。
事あるごとにセクハラまがいの冗談を言うようになったナスタに対して、純粋さが失われたとフェシスは呟いていたけれど、これでは人のことを言えたものじゃない。むしろ本気で不穏な気分になっている自分の方が性質が悪い。落ち着こう。相手はナスタだ、そんな色気を感じ合う仲じゃあないだろう。
「フェシス?」
ふぅーと息を着いたところで、急に声を掛けられて驚いた。慌てて不自然に顔に当てていた手を下ろすと、ナスタがすぐ目の前に立っていた。存外距離が近くて、思わず身じろいだ。真正面から捉えたナスタは、やはり色気に溢れている。ポーカーフェイスを続けている自信が無くなりそうで、つい視線を外してしまった。
「フェシスどうかした?」
こちらの身を案ずる、いつもの優しい声。いかんな、一人勝手に不安定になって心配をかけている。
多少色気があるからって、それがなんだって言うんだ。同性でも色気を感じるときだって、たまによくあることじゃないか。
笑みを浮かべてナスタを振り返る。
「何でもない。」
「本当に?なんだかいつもと様子が違ったよ?」
その時、何かがフェシスの頬に触れた。温もりのある人の指と、そして肌触りのいい革の感触。
あっという間に取り繕った冷静が崩れ去った。肌の触れた場所が妙に熱く感じた。
「すまん、ちょっと気分が変なんだ。…外の空気を吸ってくる。」
ナスタの返事は聞かないまま、自室からフェシスは飛び出した。バクバクと高鳴る胸が五月蠅い、触れられた頬が熱い。何なんだ本当に、なんでこんなに意識してしまうんだ?ただの友達なんだから、色気が出てたところで、それをネタにいじるのが普通だろう。これじゃあまるで…そこまで考えてフェシスは頭を振った。ありえないだろ、そんなこと。同性の、しかも幼少からの幼馴染に、だなんて。
これも全部あのベルトと筋肉のせいだ、と募るモヤモヤを密かにナスタへぶつけてみた。
***
「…外の空気を吸ってくる。」
ナスタの手がフェシスの頬に触れた途端、フェシスの微笑みが崩れ落ちた。触れるまで接近に気づかなかったほどフェシスは動揺してたらしい。その内面がさらけだされる。困惑した表情のまま、一瞬のうちにフェシスは部屋を飛び出していった。声を掛ける暇もないほどの俊足だった。
ひとりフェシスの自室に残されたナスタは、ニヤニヤと口角を歪めてフェシスのベットに腰かけた。先ほどフェシスの頬に触れていた己の指先が、火が灯ったように熱い。見間違いでなければ、踵を返したときのフェシスの顔は赤く染まっていた気がする。
「さすがにマニアックすぎるかなあ、って思ってたけど。あの反応…成功かな。あともうちょっとでいけそう。」
ナイスなアイディアをくれた冒険者の家の女教師に後でお礼をしなくちゃな、とひとりごちつつ、フェシスの熱の余韻を残した指先にナスタはそっとキスをした。
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「冒険者のススメ」より、十数年後の幼馴染たち。フェシスは性格が丸くなり、ナスタはちょっとだけ狡賢くなりました。
筋骨隆々の素肌にベルトはエロいです。このまえ服屋で実物(マネキン)を見た時、新しい扉が開きました。
マネキンであれなら、剣士や戦士はどうなる?!あいつら、実はエロエロだったのか!と驚愕しました。
剣士のエロさにシーフが「ゴクリ…ッ」となってるとこだけ書きたかったのに、前座が長くなった。
2013/06/24
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