レークの場合ぼんやりとまどろみ始めた意識を自覚しつつ、レインは期待する。 ソファから背を離してじわじわと体の力を抜いていき、ゆっくりとレークの右半身に少しずつ体を密着させていく。あせっちゃけない。あくまで自然に、いつの間にかそうなっていたと相手に思い込ませなきゃいけない。会話はわざと途切れがちにさせていく。こんな風にリラックスしている時のレークはよくしゃべる。朗々と語る声も、論理的で興味のそそられる話の内容にも、ずっと聞いていたいという魅力にあふれているから少しもったいないけれど。短い相槌から、徐々に無言を多く。ここまできたら、あとはそう、こてんと首を倒して肩に触れ、わざと小さく音を立てて深く息を吸えば完成だ。今日も自分の演技は完璧だ、とレインはこっそり自画自賛する。 肩への軽い衝撃にレークの話し声がピタリと止まった。すぅすぅ、という呼吸音にもレークは気づいたようだ。優しい声が名前を呼んで、そっと指先が自分の前髪を梳く感触がした。 「レイン、寝てしまったんですか?」 ああ、寝てるよ。と心の中で返事をする。 返事を待っているようにレークは黙ったまま、優しい指先で何度かレインの前髪を弄んだ。 くすぐったさにレインはじっと耐える。穏やかな寝顔をキープしているその裏で、膨らんでいく期待にレインは心躍らせていた。 「しょうがないですねえ。」 呆れているような言葉を、楽しそうな声色でレークは呟いた。 果たしてレインの期待通り、今日も彼の作戦は成功した。
ゼロの場合疲れた体が早く休めと言って煩くて、明かりを灯す間もなく部屋に着くなりベットへ横になった。土のにおいの代わりに清潔な香り、服の汚れを気にする必要もない真っ白なシーツ。 木の根ででこぼこな硬い地面じゃない、柔らかに包み込まれる感触。サラサラとしていて、それでいて風呂上りの火照った体にちょうどいいくらいにひんやりする。べットとはこんなに心地よいものだったのか。2,3週間ぶりのささやかな幸せにレインは思わず頬ずりした。 自然にひとつ溜息がもれた。 そのままゆっくりと船をこぎ始めたレインの耳が、廊下に響く聞きなれた足音をとらえた。男の物らしくどっしりと、そして明るいリズムを刻む足音。微かに金属のベルトが足音に合わせてカチャカチャと音を立てている。この音は彼だろう、とぼんやりとした意識の中、レインは当たりをつける。やがてそれはレインの部屋の前でピタリと止まった。 コンコン。 静かな部屋の中で、ノックの音はやけに大きく響いた。 すぐに意識が覚醒するも、鍵は開けっ放しのままなので勝手に入ってくるだろうと予想して、レインはこのままじっとしていることにした。 コンコン、と今度はさっきよりも強めのノックがした後、予想通り扉が開く音がした。細長い四角の廊下の明かりが、ベットに横たわるレインの体の上にまで伸びてくる。わずかに開いた扉の隙間からこちらを伺ってくる視線をレインは背中に感じた。 「レイン〜?…寝てるのか?」 こちらに気を使った抑えめの問いかけ。なおも無視を決め込んでいると、ゼロが部屋の中に入ってきた気配がした。ゆっくりと慎重にドアを閉めるも、ドアノブのガチャリという音が思いのほか大きく鳴って焦ったらしく、小さく息を詰めたのが聞こえた。今ので起きたのではないかと、こちらを伺ってくる視線。しばらく間をおいてから、 腰にぶら下がる剣が音を立てぬよう手で押さえて、精一杯足音を殺してベットに近づいてくる。彼らしい優しい気遣いが面白くて、レインはもう少しだけ寝たふりを続けることに決めた。瞼を閉じて、ゼロに聞こえるようすーっと寝息を立ててみる。 ゼロがベットの脇に片膝をついた。珍しいものをみつけた子供のように目を輝かせてゼロが顔を覗き込んでくる。目を閉じているので、全部予想だけど。 「…レ〜イン?」 アロードの場合最小限の換気と灯りのためにとられた小さな窓から、細い陽の光のベールが薄暗い部屋の中を斜めに垂れている。白く輝く埃たちがふわふわと宙を漂っていた。明かりの下で広げられているせいか、アロードの手の中の本はまるで自らが発光しているかのようにぼんやりと白の光を帯びていてる。ここからは活字は輝く白にもまれて霞んで見えた。 レインは本棚の前に置かれた背の低い椅子に腰かけて、ぼんやりとアロードの背中越しにそれらを見つめていた。傍らに積み重ねた本たちにも手の中に今だ広げられたままのそれからも意識はとうに逸れている。本は一冊目の半ばまでで止まっていたが、レインは十分この本たちから満足感を得ていた。 部屋の高さ一杯まで設置された本棚に敷き詰められた本たちは、全てアロードの持ち物だ。 セシルやライに部屋の掃除や書類の整理をされてしまうほどに実はズボラな彼らしく、大きさもアルファベットも分類もバラバラに本を突っ込まれた本棚の数は11個。もうすぐ12個目の本棚が埋まりそうだ。依然何冊あるんだ、と尋ねると1000冊くらいかなあ、と実にあいまいな答えがかえってきた。そんな数全部ホントに読んだのか、読んだとしても内容を忘れてしまうのではないか、と訝しく思ったが、一度読んでも理解できなかったりするから一冊を何度も読み返すので忘れることはないという。試にレインがてきとうに一冊を手に取ると、ああその本はこんな感じでね、作者はこういう考えの人でね、とスラスラと事細かに内容を教えてくれた。この部屋は彼の頭の中とそっくり同じなのだ。一番目にとまるのはやはり魔術の学術論文や紀要だけれど、その類の本はざっと見て200冊あるかなさそうに見える。意外に分野の違う本がたくさんあるのだ。化学や物理、生物、数学などの僅かながらに魔術に関連しそうな学問から、経済や社会科学などの学問までそろっている。兵法や薬草学など冒険に使いそうなもの、それと娯楽小説も何冊かあった。 この部屋で気に入る本を見つけると、アロードとの趣味や倫理観の共通点を見つけ出せたような気がして嬉しく思った。 そうしてレインはこの部屋で本を読むことよりも本を探し出す時間が好きになった。 ひざの上で肘をついた手の平に顎を乗せ、目をつぶる。紙と紙のすれ合う音が耳に心地よい。 たんにカビ臭いようでいて、焚き付けられたアロマの香りのような気さえもする、不思議な匂いがこの世界には満ちている。彼の世界では時間は穏やかに流れていく。
2013/07/13 、 、 、 |