書き損ねたシーン集。読み飛ばしてもOK。
冒険者のススメ-2.5-
好きな武器を選べ。そう言われてナスタは迷うことなく剣に手を伸ばした。他の選択肢は彼の中になかった。箱の中で山となって積まれた武器の一番上に、両刃の剣が横たわっている。1m少しはあるだろう、ずっしりと重そうな大剣だ。刃は鈍い色をして、刃の腹には細かな傷がいくつもついている。グリップに巻かれた布もささくれだっていて、手のひらを微かにひっかいた。
ナスタは既視感を覚えた。これと同じような大剣を片手で操った剣士を彼は知っている。あの人が使っていたのはどんな剣だったか。
使い込まれたその剣は、持ち上げようとしてもびくともしなかった。両手で握りしめて、ようやくちょっとずらせただけだ。腕が痛くなるほど重い。
ああ、そうだ。確かあの人に強請って持たせてもらった剣は、めちゃくちゃ重かった。こんな剣よりずっと重くて、ずっと切れ味が良くて。渡されたとたん地面へと真っ直ぐに落ちていった剣は床に突き刺さったんだった。
なんとなくナスタは泣きたくなった。けれど、今はそんな気持ちにはなりたくなくて、すぐに剣から手を放した。そのまま適当に手についた小柄な剣を握りしめた。人生で初めて握った本物の剣の感想を思いつく余裕はなかった。
***
「気に入らない。」
槍を手にしたフェシスが不満げな声でつぶやいた。
「あの教官、おれ達のこと試してるぞ。」
「ええ、どういうこと?」
「いきなり実戦なんて、しかも他の生徒と違って装備無しなんておかしいだろ。あいつ、おれ達がモンスターにビビって逃げ出すとでも思ってるんじゃないか。」
そうかなあ、とナスタが頬をぽりぽりと掻いた。
「間違いないね。さっきのアイツの目見ただろ?あれは”さっさと帰れくそガキ”って言ってたよ。」
それは、あるかもしれない。あの魔方陣で見た教官のあの冷たい目を思い出す。むすっとしたフェシスの表情を見て、ナスタはうーんと考えるようなそぶりを見せた。
空いてるスペースに着くと、よし!とナスタが小さく拳を握りしめた。
「試されてるっていうなら、認めてもらうまでだよ!」
やる気溢れる顔で言われて、フェシスは自分がイライラしているのが馬鹿らしくなった。ナスタと調子を合わせて、「それもそうだな」と相槌を打った。
檻の入口で、件の教官が手を挙げた。
***
手の中の槍は、いくら力を込めて握りしめてみても違和感があるばかりだった。切っ先だけは妙に凶暴なだけで、あとはただの棒切れとなんらかわらない。妙な頼りなさと、命を奪う道具に対する恐ろしさが入り混じってもやもやする。ケンカの時に使う棒切れと違って、うまく扱える気がしなかった。
スパイダーの金切声のような威嚇の声に、背筋の毛が逆立った。牙を蠢かせ、黒々とした無数の目を怒りに震わせるその形相はあまりにも人とかけ離れている。異形の生き物が、自分の命を狙っている。反射的に構えた槍を握る手に嫌な汗がじっとりと浮かんだ。スパイダーの命に狙いを定めた槍の先が微かに震えていた。恐いわけじゃないはずだ、と心の中でそっと唱えるが、震えは止まらない。
槍の先を見つめていた視界で、青い色が揺らめいた。
「先手は俺に任せて。」
自分の前に立ったナスタが剣を抜いた。いつもナスタはフェシスの一歩前に行く。一歩後ろに立つ自分は守られるために下がったのではなく、後ろから彼を支えるために身を引くのだ。この背を守るのは自分だけだ。
槍の震えは止まり、フェシスの目は注意深くスパイダーの動きを観察し始めた。
***
過信してるわけではないが、己の目は確かに敵の弱点を捕えていた。
攻撃を繰り出した後に無防備に晒された頭部、自分から意識を離した瞬間の目、
狙いやすい胴体の中心部。
間違いなくそれらが現れた瞬間を目撃している。
それなのに、槍は目指した場所に突き刺さってはくれない。
狙った瞬間、手の中で槍をどう握ったらいいのかわからなくなる。
不安定に手の中で暴れる槍をどうやってあそこまで運べばいいのか全く見当がつかない。
武器は己の拳の延長だと、昔親父さんに習ったとナスタが言っていたけれど、
この槍はフェシスの拳の先を行ってくれない。
そうこうしているうちに、またしても槍は敵の胴体から大きくそれて地面をひっかき、
槍を悠々と躱したスパイダーはフェシスの親友に飛びかかっていた。
親友の絶叫にフェシスは絶望と怒りを覚えた。「くそったれ!」と飛び出した悪態は、
スパイダーに向けたものでもましてや親友に向けたものでもない、情けない自分自身に向かって吐き捨てたものだった。
***
その瞬間、音が無くなった。荒い自分の呼吸も、鼓膜を震わす早い脈拍も、人々のさざめきも、モンスターの断末魔も、全て消えてなくなった。頭部を切り離され、胴体に深々と槍を受けたスパイダーは、地面に落ちると重力の任せるままゆっくりと体を傾いでいき、ついには足を上に向けて転がった。伸びきっていた8本の脚も体を抱くように中心方向へと閉じていく。そうして、それ以上はピクリとも動かなかった。もうこれは、さっきまで俊敏に動き回り、自分の命を狙っていたものと同じ生き物だとは思えなかった。
視線を動かすと、背中を血に塗らし、服もボロボロになったフェシスと目があった。呆然としていたその口が、短い言葉を音も無くつむいだ。”やった”、と。それを見てナスタの口も自然と同じ動きを辿った。
「やった」
自分の声にしては、ひどく掠れた声だった。ナスタは今自分が何と言ったのかよくわからなかった。フェシスが今度は音を出して言葉をつむいだ。
「やってやった」
彼の声に喜色が混じっているのに気付いたとき、ナスタは自分が何と言ったのか。何を”してやった”のか理解できた。ふつふつと熱い何かが体の奥底から噴火直前のマグマのように湧き上がってくる。遅れて実感がやってきたのはフェシスも同じだったらしく、彼の口角が見る間に釣りあがっていく。自分の顔も自然と笑みを浮かべていた。
どちらからともなく二人は手のひらをかざし、ハイタッチした。
「よっしゃーーー!!!」
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2013/06/19
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