冒険者の家は、ふつうの学び舎とは違う。 訪ねてくる者が知りたいことを好きなだけ学べるように、一切カリキュラムは組まれていない。 だから、駆け出しの冒険家だけでなく、熟練の冒険家が先駆者の話を尋ねに来る時もあるし、冒険にはまったく興味はないが商人など仕事柄モンスターとの脅威と接してる人が戦い方だけを学びにくるときもある。文字の読み方から武器の握り方まで、冒険家としての生計の立て方からダンジョンに侵入するときの心得まで。自由な学風こそ、冒険者の家のモットーである。




冒険者のススメ-2-




「着いてこい。」

 玄関で一悶着あった後、ナスタとフェシスはジョンに屋敷の奥へと連れてこられていた。いくつもの扉の前を通りすぎていく。扉にはひとつひとつ部屋の名前が書かれていた。談話室、倉庫、教室1、教室2、教室3、資料室、案山子部屋、、、。足は止めないまま、フェシスが前を行く教官の背に疑問を投げかけた。

「何、案山子部屋って?」
「技の練習台だよ。あの部屋には、どんだけ剣で切っても魔術で焼き払っても絶対に壊れない案山子が設置してある。」
「なんですかそれ、すごいですね!」
「誰でも使えばいいからな、お前らも後であの部屋に行ってみるといい。」

 フェシスが胡散臭そうな目をした一方で、ナスタは目を輝かせた。
 さらに奥へと廊下を進み、”地下研究室”と書かれた扉の前を通り過ぎて、一番最後の扉の前へやってきた。部屋の名前は”演習場”。壁の突き当りにあり、今までの部屋とは違ってずいぶんと小さそうな部屋だ。扉が開くと、すぐに壁があった。人が3人も入れなさそうな狭い部屋だった。部屋の床を見るなり、二人の子供は息をのんだ。 部屋の床一面に淡い光りを放つ文字や線が描かれている。

「これって、魔方陣?」
「そうだ、初めて見たか?これは移動用の魔方陣だ。」

 興味半分、未知の力への恐怖で怖気づいた子供たちを尻目に、ジョンは躊躇いなく部屋の中へ足を踏み入れる。ジョンの足が床の文字に触れたとたん、魔方陣が輝き出し、宙に浮かび上がってぐるぐると回り始めた。うわ、と悲鳴を上げて二人が後ずさる。

「何してる、早く来い。」

 光り輝く魔法の中心で、ジョンの眉間に皺が寄った。「何の冗談だ」と言った時の表情と全く同じだ。それを見てフェシスがムッとする。ナスタを見ると、あっちも覚悟を決めたような表情でフェシスを見つめてきていた。うん、とお互いに頷きあい、二人が部屋の中へ一歩踏み込む。瞬間、部屋中が真っ白の光に飲み込まれた。

*****

 足元から床が消えてなくなって、空中に放り出されたような感覚が一瞬した。
 複数の人の声がする。人のもとは思えない何かの雄たけびが聞こえる。聞いたことも無い音もする。眩しさに閉じていた目を恐る恐る開くと、二人は屋外に立っていた。二人の目の前には森が広がっていた。ぽかん、と口を開けて呆気にとられていると、後ろからジョンに肩を叩かれた。振り向いて目に入ってきた光景に、また二人は驚愕した。
 背の高い鉄製の柵に囲まれた中で、武器を手にした大人たちがモンスターと対峙していた。

「うわ、何ここ?!」
「入口に書いてあっただろ、演習場だよ。」
「モンスターいるんですけど?」
「当たり前だろ。冒険者はモンスターと戦うんだ、そのモンスターとの戦い方は実戦を通じてでしか学べない。いくら武器の構え方を覚えたって、案山子相手じゃ意味ないんだよ。」

 檻の入口に置かれていた大きな箱の蓋をジョンが開けた。中にはふたの裏側にまでたっぷりと多種多様な武器が収められていた。

「剣でも斧でも短剣でも、弓でも杖でも!ここには何でも入ってるぞ。使えそうなやつ、好きなの選べ。そんで、」

 戦ってこい。
 腕を組んで、二人を見下ろす。さっきの魔方陣を見た時と同じように、二人の顔が怯えでひきつるだろう、とジョンは予想していた。怯えて二人が動けなくなる、その時の言葉は用意してあった。
 ナスタの表情が変わる。

「やった!いきなり実戦訓練だなんて!」

 パッと表情を明るくして、箱の方に走り寄ってくると、迷わずナスタは剣をとった。重さを考慮したらしく、70cmくらいの剣と小ぶりな盾を選んだ。

「フェシスはどれにする?」
「どれでも。お前が前衛ならオレは後衛だよな。…槍とか?」
「槍いいんじゃないかな!」

 ひょいとナスタがてきとうに槍を箱の中から引っ張り出しフェシスが手にした。あまりにも自信ありげな二人の様子にジョンが訝しんだ。

「お前ら、実戦経験あるのか?」
「まっさかあ。モンスターを見たのも初めてですよ!けど、おれ達強いですよ。ケンカ負けたことないんですから!」
「…そうか。」

 なんだ、まだモンスターの恐さを分かっていないだけか。今に泣くことになるぞ、と内心鼻で笑いながら、ジョンは柵の扉を開けた。


*****


 中に入るなり、入口近くで休憩していた生徒達から「教官、お疲れ様です!」と声をかけられた。それに答えてやりながら、ナスタとフェシスに演習場の空いているスペースに行くように指示を出した。生徒達は不思議そうに二人の子どもを目で追っている。

「ナスタ、フェシス、準備いいか?」
「はい!」
「スパイダー!相手してやれ!」

 手持無沙汰に檻の中を彷徨っていた一匹のスパイダーが、くるりと二人の子供に向き直った。威嚇するように牙を蠢かせるスパイダーに二人も武器を構えた。
 ジョンの近くにいた生徒たちが「教官?!」と悲鳴を上げた。子どもがモンスターと対峙しているのに気付いて、演習場内の空気が変わった。

「何してる、演習中だぞ!他人の獲物に手を出すんじゃない!」

 教官の怒号に、止めに入ろうとしていた人の動きが止まった。

「うりゃーー!」

 雄たけびを上げてナスタがスパイダーに突っ込んでいった。フェシスも続く。威勢のいい第一撃は、けれどあっさりと躱された。代わりにスパイダーの前足でのビンタがナスタの横っ面を張った。頬の皮膚が裂け、血が溢れだした。

「うあ。」

 ナスタの目に涙が浮かぶ。
 痛いだろう、子供の殴り合いじゃ感じたことも無い痛さだろう?さあ、どうする。泣くか?じっと様子を見つめていたジョンは肩を激しく揺すぶられた。生徒が困惑の様子でこちらを見ている。

「何してるんですか教官!早く止めてください!いくらスパイダー1匹と言えども、装備もしてない子どもが、敵うはずないじゃないですか!死んじゃいますよ!」

 そうだ、と他の生徒が同意する。
 ジョンは肩に掛けられた手をやんわりと外した。

「ここにるのは本物のモンスターじゃない。瀕死のやつにとどめを刺すなって、調整されて作られてるやつしかおらん。」
「でも、怪我しますよ!」
「怪我のひとつやふたつで泣き出すような奴が冒険者になれるか。もう一度言うぞ、誰も手を出すんじゃないぞ!わかったら自分の訓練に戻れ!」

 そうこうしている間に、スパイダーがナスタに追撃をかようとした。それをフェシスが槍を突き出してきて止める。当たらないがけん制にはなった。フェシスの背後でナスタがようやく立ち上がる。ぎゅっと歯を食いしばって涙をこらえていた。 二言三言、何やら交わした後、再びナスタがスパイダーに突っ込んでいく。けれどやはり彼の剣は届かなかった。
 ここまで来てジョンは二人があのモンスターに絶対に勝てないと確信した。ナスタは剣の構えがしっかりとできているが対人とは違うモンスターの変則的な動きにぜんぜんついていけてない。フェシスにいたっては槍をまったく扱えていない。よくナスタとスパイダーの動きを観察して、ナスタの隙をカバーするように行動だけはできているが、あれでは攻撃の効果は皆無だ。
 さあ、早く諦めろ。ここには命を掛けて知識や技術を学ぶやつが来るんだよ、お遊び感覚で来てもらっちゃ困るんだ。冷めた目でジョンは二人を見つめていた。
 しなるスパイダーの足がナスタの肩をはたいた。弾き飛ばされてナスタが地面に倒れた。フェシスがカバーの攻撃を行うが、スパイダーは槍を潜り抜け、ナスタに飛びかかった。鋭い牙が幼い足に突き刺さる。

「あああっ!」

 悲鳴が演習場内に響き渡った。生徒が駈け出そうとしたのをジョンは腕で止めた。
 ナスタが剣と盾から手を離し、スパイダーの頭を両手で引っ掴んだ。

「フェシス!!」

 その瞬間、スパイダーの横っ腹に深々と槍が突き刺さった。ギエエエとモンスターの悲鳴があがる。周囲の大人たちからおお、と歓声が上がった。
 けれど、致命傷には至らなかった。スパイダーがめちゃくちゃに足を蠢かして暴れる。こっちに向かってこようとするスパイダーに、突き刺した槍をしっかりもって堪える。そのうち焦ったらしく、槍でもう一度攻撃しようとしてスパイダーの体から槍を引き抜いた瞬間、フェシスはスパイダーに弾き飛ばされ地面に転がった。テンガロンハットが宙を舞う。フェシスの上にスパイダーが乗っかり、前足で少年の背中を何度も殴打する。フェシスの口が、声にならない悲鳴を叫ぶ。ナスタは噛まれた足を抑えてぶるぶると地面で震えていた。
 ここまでだな。ジョンがホルダーから短剣を抜いた。

 ギエエエエッ

 モンスターの悲鳴が響き渡った。ジョンの短剣はまだ彼の掌の中だった。 スパイダーの腹に下から槍が突き刺さっていた。体勢を立て直したフェシスが槍を持ち上げると、地面から足の浮いたスパイダーがじたばたと暴れる。横っ腹に開いた穴と槍の刺さった個所から緑の体液が噴き出ている。体液を浴びながら、フェシスが絶叫した。

「ナスタぁ!」

 ナスタは既に剣を構えていた。片足で地面を蹴り上げて、勢いを乗せた剣がモンスターの頭を切り落とした。切られた勢いでフェシスの手から槍が離れ、スパイダーの体は地面に落ちた。ゴトンと音を立てて転がったまま、それ以上スパイダーは動くことは無かった。
 呆然と暫しスパイダーの亡骸を見つめた後、フェシスとナスタは顔を見合わせた。その顔がしだいに喜色に染まっていく。

「よっしゃー!!」

 バチンとハイタッチの音が響き渡った。 事の成り行きを見守っていた演習場に居た全員が歓声をあげた。ジョンも感心したようにつぶやいた。

「まさか勝てるとは思ってなかったが…。」
「だから言ったでしょ、おれ達強いですって!」

 傷が痛くて涙目のくせに、強がってまあ。帽子を被りなおしたフェシスが例の憎らしい表情をする。

「合格?」

 試されてたのも解ってました、ってか。生意気なガキどもめ。

「ああ、入学おめでとう。」

 ニヤニヤ笑みを浮かべる二つの口に、ジョンはキャンディーを突っ込んだ。二人の傷はあっという間に癒えていった。


*****


「ほら、好きな装備持ってけ。防具はちゃんと自分の筋力に合うやつ選べよ。」
「はーい。」
「シャツも貰っていい?裂けちゃったし。」
「いいけど、サイズあるか?まあ、なんでもいいから持ってけ。」

 場所は移って倉庫にて。この倉庫にある道具は、学問の家の生徒ならだれでもいくらでも持って行ってよいのだという。入学の証に、ナスタとフェシスも自分の装備を受け取りに来た。

「まあ、まずは武器選びだが…。ナスタ、お前は剣術をどっかで習ってたのか?」
「はい、父に!ガキの頃から習ってました。」
「そうか、じゃあお前はそのまま剣を極めるといいだろう。」
「もちろんそのつもりです!」

 さっき使ったような刃の短い片手剣をナスタは選んだ。

「ほんとはもっとでっかい剣使いたいんだけどな〜。」
「筋力つくまで我慢だな。」
「うん。」

 その横で槍を手にしようとしたフェシスをジョンは止めた。

「フェシスは状況をよく見て判断はできてるが、攻撃のセンスはからっきしだな。当てる場所は見えてるみたいだが…。あれだけ突き刺したのに致命傷を与えられないなんて、相当だぞ。」

 フェシスの性格からして噛みついてくるかと思ったが、思い当るところがあるらしくフェシスは黙ってしまった。代わりに反発はナスタの方からやってきた。

「いいんですよ、フェシスは!戦いじゃなくってもっと別の特技があるんだから!」
「…どういうことだ?」
「フェシスは時計屋の息子なんです。とっても手先が器用で、だから、罠や鍵の解除が得意になればいいんだ!戦いはオレがやるからいーの!フェシスはシーフになるの!」
「確かに、ダンジョンを攻略するのに一人はパーティに必要な人材だがなあ。お前はそれでいいのか、フェシス?」
「なあ、フェシス?」
「ああ。元からそいう話だったしな。」
「じゃあ、わざわざ剣だの槍だの技を磨く必要のある武器選ぶな。これにしとけ。」

 そういって渡してきたのは太ももや腰に巻くベルト着きのホルダーだった。受け取るとずっしりと重く、中のものがジャラリと音を立てた。たくさんのダガーが入っていた。

「接近戦で切るもよし、投げてよし、だ。お前は場を見極める目があるから、これが一番最適だろう。」
「へえー!」

 投擲というのはあまりメジャーな武器ではないので珍しいのだろう、二人はしげしげとダガーを眺めていた。腰に巻くより足に巻いてた方がカッコいいだの、キャッキャッとはしゃぎだす。 ジョンはパンパンと手を叩いた。

「はいはい、盛り上がるのは後にしろ。さっさと装備そろえて授業にうつるぞ。ナスタ、剣技は午後から”庭師”の稽古があるからそれに出ろ。」
「わあ、ケイルンさんの?やったー!」
「オレは?」
「お前はまずダガーを真っ直ぐに飛ばす訓練をしろ。」
「えー!そんなのより、罠の解除の仕方とか教えてあげてくださいよ!」

 ナスタが不満げに顔を曇らせた横で、フェシスも同意するように首を振った。 ジョンが黙ってフェシスのホルダーからダガーを3本取りだす。身構えた二人の目の前で、ジョンがダガーを投擲した。十数メートル離れた部屋の梁に1本ダガーが突き刺さった。続けざまにもう1本ダガーを投擲する。真っ直ぐに飛んで行ったそれは、梁に突き刺さっていたダガーの柄に跳ね返って音を立て、床に刺さった。「すごい」とナスタが呟く。最後の1本のダガーの刃を持って、フェシスに差し出す。

「できるか?」
「…。」

 フェシスが投げたダガーは真っ直ぐに飛んで行かず、それどころかどこにも刺さりもせず床に転がった。

「罠を解除するのは、知識や指先の器用さだけじゃ無理だぞ。精密に的を狙える集中力が必要だ。わかったか?」
「…はい。」
「よし!それじゃあ、次は防具を選ぶぞ。マントと鎧、あとクツと手袋探してこい。」
「はーい。」


*****


「…ナスタ、ほんとにそれでいいのか?確かに今の筋力じゃ革の鎧すら着れないが、いくらなんでも無防備すぎないか。」
「いいんです!この服、ブルン王国時代から伝わる剣闘士の恰好ですよね?カッコいいし、防御は盾があるから大丈夫ですよ!」
「せめて下にシャツ着ようか。擦り傷だらけになるぞ。…フェシスはそのマントが気に入ったのか?」
「後ろが分かれててなんだかおしゃれだね!」
「…黒色で、帽子と合ってるのも気に入った。」

 鏡の中で二人の小さな冒険家が満足げに笑みを浮かべていた。


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初期装備な剣士とシーフ。
剣士はさすがにあのほぼ全裸じゃ防御力0なので、あのベルトの下にワイシャツを着ている設定。
ナスタは目上の人には敬語が使える子。フェシスは敬語使わないけど、尊敬する人にはちょっぴり態度改める子。

2013/05/16