それは2階建ての大きな屋敷だった。玄関の両開きの扉には、金の字でこの屋敷の名称が書かれていた。
「ここが!ここが冒険者の家!」
感極まったようにナスタが声を震わせた。興奮した眼差しで何度も扉の上に書かれた文字をなぞる。
「ついにおれ達も冒険者だな。」
ナスタにつられてフェシスの声にも熱が帯びた。ナスタが「うん!」と大きく頷く。
「ここでの訓練はきっと辛いだろうけど、負けるなよ?」
「もちろん、負けるか!俺はここで父ちゃんみたいな立派な剣士になるんだ!フェシスこそ、負けんじゃねぇぞ?」
「おう。」
ガッ、とお互いの腕をぶつけ合わせて、笑みを浮かべた。すると、どこからか二人の物じゃない笑い声が聞こえてきた。
「おーおー熱いな。」
見ると、花壇の前で屈んでいた大柄な男がこちらを見て笑っていた。男はポケットのたくさんついたエプロンを着ていて、ポケットの中から鋏やスコップが覗いていた。軍手をしている手は土だらけだ。足元には小さな鉢に入った花たちが並んでいる。「ここの庭師かな?」と、フェシスがナスタに耳打ちした。
「こんにちわ、庭師さん!おれたち、冒険者になるためにここに来たんだ!」
「冗談だろう?」と庭師風の男がまた笑った。
冒険者のススメ-1-
「なんの冗談だよ。」
おーい、お客さんだぞ。”庭師”に呼ばれて奥から出てきた教官風の男は、ナスタとフェシスを見るなり開口一番そうつぶやいた。それに対してフェシスが不愉快そうに眉を顰め、ナスタは少しだけ困ったように眉尻を下げた。庭師は相変わらず笑みを浮かべている。ナスタが気を取り直して口を開いた。
「こんにちは、おれナスタって言います!ブルンの南地区出身です。ここに来れば冒険家になれるって聞いてきました!こっちは親友のフェシスです!」
一息に自己紹介を終えるとナスタはキラキラと星を飛ばす視線を教官に向け、鼻からむふーと息を吐いた。その隣で相変わらずしかめっ面のまま、紹介を受けたフェシスが軽く頭を下げる。
「…だそうだ。こいつらちゃんとした入学希望者だよ、”教官”さん。」
「おい、本気かよ…。」
「本気も本気。なあ、お前たち、ここに”冒険家ごっご”するためにきたわけじゃないだろ?」
「はい、もちろんです!おれ達本気で学びに来たんです!」
「な?」
「……。」
頭痛がするというように、教官は目を閉じて眉間を指で揉んだ。
ふう、と溜息をついて、教官が腰を折った。そうすると、ちょうどナスタとフェシスと目線の高さが合った。
「お前たち、いくつだ?」
「はい!おれ達、二人とも10歳です!今年で11歳になります!」
「……。」
はああ、と盛大に教官は溜息をついた。庭師が愉快そうに笑う。どうしたもんか、と教官が思っているのがありありと伝わってきた。
「あのさ。」
それまでずっと黙っていたフェシスが一歩ずいと前に出てきた。ぶかぶかのテンガロンハットをずいと上へ持ち上げ、上目づかいで教官を睨みつける。生意気そうな少年に、むっと教官も顔を曇らせた。
「冒険者の家に、年齢制限があるなんて聞いてないんだけど。」
「それは…。」
「そのとおりだ、坊主!この家は何歳でも教育を受けられる。」
「おい。」
「学びたいと思うものに自由に門を広げてやるのが、この家のモットーだろ?」
「…そうだが…。」
「庭師さん!」
ナスタは感激したような、教官からは恨みがましそうな、ふたつの視線を受けて庭師は得意げに笑みを浮かべた。「お前がそう言うなら、仕方ない…。」と小さく教官が呟いた。
「…お前たち、本気で、冒険家になりたいんだな?」
「はい!そうです!」
「もちろん。」
じーっと、教官がまっすぐに二人の目を見つめてくる。体躯のいい大人の男に見つめられるのは迫力がある。一瞬、気押されそうになりながらも、二人も負けじと見つめ返した。教官が自分の膝を叩いて立ち上がった。
「わかったよ!今日からお前たちはこの冒険家の家の門徒だ。」
「やたー!」
途端にはしゃぎだす子供たちに、教官は自分の判断をすぐに後悔した。口角をピクリとひきつらせ、ゴホン、と喉を鳴らして子供たちを静かにさせる。
「おれはジョン。ジョン・マルコ。学問の家で実戦訓練の教官を務めている。」
「うわ、あの大冒険家の?!」
途端に少年たちの視線に、尊敬の色が混じる。生意気そうなフェシスですら、ちょっと自分を見る目が変わったのがわかる。子供はホントに現金なやつらだ。次に少年たちがどんなリアクションをとるのか楽しみで、ジョンは内心でほくそ笑んでいた。指さした相手も同じことを考えているようで、ニヤニヤと意地の悪い大人の顔をしている。
「ちなみに、さっきから庭師呼ばわりされてるのが大冒険家のリーダーだぞ。」
「…え?ええええ?」
「リーダーって…え、ケイルン?えっ。」
こうしてその日、史上最年少の冒険家が誕生した。
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2013/05/05
もう一つのプロローグ。剣士くんとシーフくんLv1
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